金曜日・木の実地区
金曜日の午後から、各家の女性達が
自治会長の家(今年は僕)に集まり
お守り物(木の実は米の粉で作った団子餅)を作ります。
それと拝殿に使うしめ縄をないます。
お供えの餅は、かつては杵つきでしたでしょうが、今は機械でつきます。
世間話をしながら2~3時間程度で仕上げます。
金曜の午後から出てこいと言っても都会では、そんな余裕も無い。
田舎でも、年配の女性か、家のような専業農家しか出来ません。
地区によっては、餅もお守り物も縄も買って済ましてしまう場合もあります。
木の実はまだ集まりますが、将来は買って済ますことになるかもしれません。
土曜日・午前中
土曜日の午前中に集まり、当番の地区がお宮を掃除して、幕を張り、
旗を立て神殿を開けて、お祭りの支度をします。
お祭りって、神事ですから。
金曜日夜・下
下地区の金曜日の夜、最後のお祭りの練習をしています。
地域の人たちが集まり、相談をしながら、飲みながら、太鼓の練習をしています。
この日は午後から、でられる人がでて、太鼓を載せる山車のの支度、
御輿の支度などもされていたようです、練習でも結構盛り上がっています。
子供達が帰った後、大人だけで飲みながら、明日の相談や準備をします。
2週間、練習期間がありますが、毎晩、太鼓の好きな人などが出てきて、
それもだんだん参加者が増えて来て、お祭りに向けて盛り上がっていきます。
宵祭り本番・下地区
木の実は宵祭りは神事だけで、午後四時には終わってしまいます。
下地区は宮入だけでも午後八時、神事もそれからです。
昼から御輿と、山車が地区の外れから、お宮まで、ずっと回っていきます。
各自治会の集会所ごとに停まり、太鼓を叩き、踊りを踊り、酒食が振る舞われます。
消防団は御輿で各家をまわり、酒をごちそうになり、どちらにしても、
お祭りは盛り上がっていきます。
最高潮に盛り上がるのは宮入後の小田子地区、下地区の両山車が並び
つまり太鼓を二つ並べて、まわり打ちをするときです。
今年は少ない気がしましたが、多いときで百人以上の人が、まわり打ちに参加します。
ここでの曲は決まっていて、おさる、と言います。
普段見かけない若いお母さんが、子供を預け、
見事なステップで叩いているのが見えました。
ああ、ここの出身者だな、血が騒ぐのだな~とすぐわかります。
絶頂のあと、巫女舞と言う、お披露目太鼓や、
中学生の女子による、巫女舞があり、夜遅くまで祭りは続きます
巫女舞は、昔は地区の子供がやっていましたが、
今は足りないので、上矢作全体からお願いして、8人集められています。
僕の長女も、もうこれで3年巫女に参加していて、僕のいとこ、僕の母親も
巫女をやっているので、三代続いて一族の女性が巫女をやったことになります。
写真は、子供なので、出しませんけど。
引きの宮下がりの太鼓を叩きながら、集会所に戻ったのは、午後11時頃でした。
いつもながら、下、小田子の熊野神社の宵祭りは、最高に盛り上がります。
いろいろ、準備してくださり、快く、僕を参加させてくださった、
下の皆様に感謝!
日曜日・木の実地区本祭り
日曜日は地元・木の実の本祭り
自治会長を仰せつかった今年は特に、忙しいです。
朝から、子供達は、御輿を持って木の実地区の全ての家を回ります。
全部で23軒ですが、田舎は広いですから。
大人も、運転手と、消防団、区長など、その他自由に参加します。
子供参加者は、各家の子供、それから、いわゆる外孫が中心で
地区外の人は、参加しない、クローズドな祭りです。
御神輿も子供が少ないので、軽トラに、乗せたまま、玄関先まで乗り入れます。
各家で、お菓子と酒食が振る舞われます。
このお菓子、一袋しっかりともらえます。
子供達は、買い物袋を下げ、家々をまわりながら、
お菓子で一杯になった袋を下げながら歩きます、袋も一つでは足りません。
大人も各家で、つまみを食べ、酒を飲み、話をしながら進みます。
そこで各家の年寄り達が、この子は誰の孫だ?誰の嫁だ?などと
普段、会うことの無い人たちとの、ひとときを楽しみます。
中国から来た、嫁さんも二人もいて、
毎年、餃子が出てきて、これもみんな楽しみで、もう、すぐ皿が
空っぽになります、美味しいのです。
昼過ぎにお宮に到着し、神事が行われ、
それから用意したお守り物を投げます。
お守り物、別に、団子ですから、ほしいわけでは無いですが
縁起物なので、みんな、喜んで広い、楽しみます。
自治会長が投げるので、始めて投げましたが
みんな~お守り物、投げるよ~と叫んで投げるのは、気持ちよかったです。
その後、初参り、入学、」就職の祈願のお供えのお菓子を配ります。
1日で、買い物袋3つ分くらいのお菓子が集まります。
それで、その後は、持参のおつまみで、酒を飲みながら
みんなで話をして、過ごします。
夕方、暗くなる前に、当番の自治会が、全部片付けて祭りは終わりです。
お祭り・その意義
昔なら春祭りが終わると、さあこれから田んぼの農作業が始まるよ~
さあ、野良仕事が始まるよ~、ってなるのです。
今のお祭りはどうでしょうか?
お祭りは、支度も片付けも、大変です。
地域の人が協力して行わなければなりません。
そして、外に出た人たちが帰省したくなるような仕組みも必要です。
それが、太鼓であったり、お菓子であったり。
お祭りは、そこに住んでいる人達の、
地域の人たちの絆を深めるためにあると思います。
この絆が失われないようにしたいきたい、そう考えた、お祭り期間でした。
神社の神様、この上矢作、住んでいる人たち、みんなに感謝。
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大船山 (月曜日, 11 5月 2015 04:33)
現在、上矢作を離れて都市部で暮らしてますが、上矢作の春祭りには必ず帰ります
大船山 (月曜日, 11 5月 2015 04:45)
コメントの続き…
うちの地区では婦人部が五平餅作り、鮎つりがありました
上矢作の春祭りは子供の頃大イベントでした!
今年も春祭りに帰りましたが太鼓や笛の音、踊りをみてて子供の頃を思いだし懐かしくなります!土曜日は宵祭り、日曜は山の上のお宮に行く!
過疎化がすすむ上矢作でもまだまだ活気ある春祭りがみれて嬉しく思いました!
あ (月曜日, 15 2月 2016 08:49)
プライベートぜんかいだね